寺子屋塾代表の藺牟田(いむた)です!

私が中学3年生のとき、3者面談で「ほとんどの高校に通らない」と担任の先生に言われました。
そこで色々な塾に通ったんです。
◯橋ゼミナール、◯大進学ゼミ、す◯る・・・
集団授業や個別指導。
どの塾も自分に合わず…
成績も上がらず…
塾を全部辞めたんです。
中3夏休み前でした。
それで市販の参考書類、問題集類を全部買ったんです。
そこからは毎日、必死に家庭学習三昧でした。
夏休みは1歩も外に出ず、1日18時間勉強しました。
寝る時間と食事の時間以外は全て勉強しました。
嘘のような話ですが本当です。
夏休み後の1発目の実力テスト。
理科が学年1位だったんです。
他の教科も全て成績が上がっていました。
学年順位でいえば、30番以上昇格。
学年80名程度の学校だったので、その上がり具合がわかると思います。
担任の先生に呼び出され「今の成績ならトップ3高は射程圏内だ」
「どこの塾に行ったの?」「お前が1番成績が上がっている」「どんな暗記法しているのか?」など聞かれたほどです。
私は【このままではまずい】との思いから勉強するようになり、最終的に独学で成績を上げました。
私が何を言いたいかと申しますと、その子自信がやる気を持って勉強に挑まなければならないこと。その子に合った勉強のやり方をしないと成績は上がらないということです。
塾をすべて辞め、自分で学習法を見出した私だからこそ分かることがある、できることがあると思っています。
本当に成績をあげようと思うなら、大手だから、有名だからと看板で塾を選んではいけません。
自分に合った塾選びをしましょう。そして、その塾が学習塾『寺子屋』であるなら、私は全力で力を尽くします!

【寺子屋塾創業に至った経緯】

寺子屋塾を創業した背景には、自分自身の失敗した経験があります。

寺子屋塾に通ってくださっている生徒様には私と同じ失敗はしてほしくない。

絶対に失敗した私にしかできないアドバイスがあると確信して少しでも多くの生徒様にそれをお伝えできればいいなと思い寺子屋塾を創業致しました。

私の最大の失敗…

それは【高校選び】です。

私は当時、1学年80名程度の中学校に通っておりました。本当に学年、クラス問わず生徒同士仲が良くて毎日楽しく学校に通っていたのを覚えています。

高校は県内有数のトップ3進学校までは行ける成績を取っておりました。私立高校(鹿児島高校特進クラス)からは全額特待生のご案内を戴きましたが【家から近い】だから【朝寝ができる】という浅はかな理由だけで近所の公立高校を選び、進学しました。

しかし、そこはとんでもなく上下関係の厳しいマンモス男子校でした。

先輩が通れば大声で挨拶…お辞儀

少しでも失礼があれば上級生に突かれる…というような学校。

平和な中学校から、そのような高校の環境に馴染めずカルチャーショックを受け、あまりのストレスでパニック障害を患ってしまいました。

これが人生初めての大挫折でした。

人生どこからやり直しますか?と聞かれたらすぐに答えます。 

「高校選びから」と。

それだけ高校選び、即ち進路選択というものは大切なんです。

高校選びによって人生が左右すると言っても過言ではありません。

他の人とは違う道を遠回りしながらでも歩んできた私だからこそ言えることがあります。

【絶対に私にしかできないアドバイスがある】

と確信しています。

大切なお子様の人生。

そしてその分岐点でもある進路、高校選び。

生徒様の人生が善き方に向かうように微力ながらでも弊塾がお力になれればと考えております。

【今だから話せること】

普段は子供たちに「勉強しなさい!」


という私ですが、実は私が子供の頃は

モチロン!

勉強嫌いでした!

こういうこと他の塾の先生は絶対に言わないでしょうが、私は嫌いでした。

子供達がいつも口を揃えて言う

「勉強つまらない!」
「面倒臭い!」
「大人になったら足し算引き算かけ算わり算ができれば大丈夫!」

はい、言っていること
よーーーーーーーーーーーーーーーーーく
ワカリマス!とてもワカリマス!

なんなら張本人デシタカラ!

でもね、大人になってから本当に後悔しましたから。苦労しましたから。涙が出ましたから。
社会に出た今の方が下手すりゃ勉強してますから。

本当にいろーんな苦労したので誰よりも強く言えることがあるんです。

マジで勉強しておけよ

私が大学生の頃、
将来の夢は特に決まっていませんでした。

ただ、社長になりたい!
ってぼんやり思っていました。
というのも、私の父が力を使うお仕事をしていて、とてもキツそうだったから反面教師と言いますか、違う道を行くんだ!と心の底から思っていました。
もちろん力を使うお仕事を卑下したりしていませんし、父親のことは本当に感謝、尊敬しています。

ただ、自分がそういう仕事に向くか?と言われれば間違いなく向かなかったから社長になりたいと考えていました。

「得意だった書道で起業してやろう!」

そう想ったのは大学3年生の頃

経営のいろはも分からず、ただ我武者羅に起業
私の友人達は全員就職

ここで現実を見るわけです。

友人達が「初任給出た!」「ボーナス出た!」
と言って服買ったり、好きなお店に行っているなか

私の月給は数万円…

社会って甘くない…

その後数年間頑張るも全く状況も良くならず

遂にはそれだけでは生計が成り立たなくなってアルバイトに出ました。

アルバイトでは年下の社員さんに怒られて頭下げたり、まぁ思い出したくもない色んなことがありました。

本当に社会の厳しさ、自分の無力さを感じました。

お金がとにかく無かったので、バイトの廃棄の白ご飯、近所のスーパーのクリアランスの60円のパンが主食でした。

夜は懐中電灯生活、バイトから帰る途中で公園に寄って水分補給。

もはや生活が破綻していました。

ここまで切り詰めて貯金したお金で、今の塾があるわけですが…

ただね、これ若かりし頃の自分が作った未来なんですよ。

誰が悪い?
親?学校の先生?

いいえ、
全部自分が悪い。

勉強しなかった自分が悪い。

勉強というと学校の勉強が主と思われがちですが、習い事も勉強ですし、習い事を続けること、資格を取って武器にすること

そういうことも全て勉強ですよね。

実は大人になってから気付いたことがあります。

子供の頃の生活習慣って、大人になって仕事に直結するということです。

具体的にいうと

勉強しない子→仕事で結果が出ない、出せない
何やっても続かない子→仕事が続かない
学ぶ意欲がない→出世しない
学校を休みがち→何かと理由をつけて会社を休む
言い訳する→仕事で言い訳する
他人とのコミュニケーションを疎かにする→仕事で責任が取れない
サボり癖→仕事を適当にする
逃げ癖→嫌なことがあったらすぐ逃げて、最終的にどの組織にも属せなくなる。
モチベーションを理由に言い訳する→仕事がなにもできない
などなど

普段日常で気にも留めないようなことが大人になってから仕事に現れる事は間違いなくあると思います。

逆に言えば、
今のうちから勉強する癖をつけておけということ。
習い事は続けさせる、サボらせない、学校はきちんと行く、宿題する、逃げ道ばかり与えない、モチベーションを言い訳にさせない、等こういうことぜーんぶ勉強だと思います。

なんならご飯を残さず食べる、きちんと「いただきます」「ごちそうさま」を言わせる。食べるときに感謝の気持ちでいただくことを教えるのも勉強だと思います。

だからね、子供たちがどんなことを言おうが
寺子屋に来たら勉強させるんです。

勉強しないとどうなるか知っているからさせるんです。

自分と同じ道を辿って欲しくないからさせるです。

将来は公務員になる?看護師になる?ゲームを作る人になる?

なってください!

でもそのためにも勉強が必要。

夢を叶えるために勉強しないといけません。

YouTuberになるから勉強なんて必要ない?

馬鹿言っちゃいけない。

YouTuberで成功する人は勉強しています。

勉強すらまともにできない君が人気YouTuberになれるはずがないんです。
どうせ途中でキツいことがあったら続かないんです、諦めるんです、逃げるんです、
で、結局学ばないんです。

所詮勉強していない人なんて社会に出たらそんなもんです。(言葉悪いですが)

今、一時の苦労をして将来楽をするのか

今、楽をして将来苦労し続けるのか

どちらを選ぼうが勝手ですが、決して人のせいにはできません。

子供の頃にあれだけ勉強嫌いだった私がここまで言うんです。

何が私を変えたのか
それは勉強しなければ見るであろう厳しい現実です。

だから誰よりも強い熱量で言えるんです。

「勉強しなさい」

たいへんお恥ずかしい話ですが、自分の力で飯食って生活できるようになったのってここ数年の話です…

そうなりたくなかったら
今、この瞬間から勉強始めてください。

「明日やる」を40回言えば夏休みは終わります。
365回言えば取り返しがつかなくなります。

こんな私でも中学生時代に理科学年1位取れたんです。社会は3位、総合トップ10入りできたんです。

努力すればできます。

辛い努力、苦しい努力ができれば
みんなできます。

学習塾 読み、書き、そろばんの寺子屋塾


代表 藺牟田 星矢


指導者

(公財)日本習字教育財団 城山支部 支部長

教授免状取得


(公財)書壇院 書道教授免状取得


漢字検定2級(一発合格)


メンタルケアアドバイザー取得